大久保 沙耶(平19高卒)
現在、オランダ国立バレエ団でバレエダンサーとして働いています。
6歳の時に曾祖母の勧めで始めたクラシックバレエ。趣味でなんとなくやっていたものが上達するにつれて夢中になり、今それを自分の職業としていることをとても嬉しく思っています。私のバレエスタジオでは高校受験のためにやめてしまう友達がたくさんいたので、エスカレーター式で高校まで上がれる梅花中学校へ行こうと決めることは難しくありませんでした。
中学校に入ってからはコンクールにも挑戦するようになり、バレエで忙しくなったことで当時所属していたハンドベル部をやめざるをえなくなったことを覚えています。いつも心の中ではいつかバレリーナになれたらいいなと思っていましたが「まさか私なんかが・・・」とプロになるための行動を起こす前に半分諦めていました。実際、高校1年の時に現代社会の授業で書いた「将来の夢」という作文にも、バレリーナにはなれないと思うのできっと将来は会社で働いているだろうと書いた覚えがあります。そんな時にふと飛び込んできた海外留学の話。高校2年の冬に受けたコンクールで全国2位、審査委員特別賞、モナコのプロフェッショナルバレエスクールへのスカラーシップ賞を受賞しました。高校3年から休学し、モナコへ行きましたが初めての海外、なれない寮生活や言語などからいろいろなストレスを抱えてしまい、先生の期待に応えたいという思いから背中を痛めていることも言えず、どんどん悪化し帰国せざるをえなくなりました。療養中に梅花へ戻り、高校を卒業し梅花大学にも数か月行くことができ両親を安心させる事が出来たのはよかったなぁと今でも思います。
背中も完治しモナコへ戻り3年の留学を終え、ヨーロッパのバレエ団のオーディションを受けオランダへ入団が決まったときは、天にも昇る気持ちでした。
将来、自分が海外に住むとは全く予想していなかったことですが、こちらで働き始めてもう7年になります。住む環境を変えることは簡単なことではありませんでしたが、アムステルダムは街並みもきれいですし人にも恵まれて楽しく過ごしています。オランダ国立バレエは世界でも有名なバレエ団なので公演数も多く、年100回程度あり、作品のレパートリーも豊富なので学ぶことがたくさんあります。体が疲れて今日は踊りたくないという日もありますが、これでお金を頂いているという恵まれた環境を有難く受け止め、日々がんばっています。大変なことがあっても舞台でお客様の拍手を頂いているときは、ここまで続けてきてよかったといつも思います。
踊ることは体を酷使するのでバレエダンサーとしてのキャリアは40歳位までで長くありません。その事を肝に銘じて一日一日を大切にし、日本の応援してくれている方々に感謝しつつ、人に感動を与えられるような踊りを目指し残りのバレエ人生を楽しみたいと思います。